12羽の蝶を描いている。
AIの進化が本当にすごい。
私はAIを、単発の質問に答えてもらうためではなく、長期対話として使ってきた。
長期対話になると、 私は何を繰り返し考えるのか。 何に違和感を持つのか。 何と何をつなげるのか。 そんな思考の特徴まで、対話の中に蓄積されていく。
そしてAIとの関係には、その人の普段の生き方や他者との関わり方まで出るのだと思う。
私は「AIにやらせとく」「指示する」という言葉を人が使ってるのを聞くと恥ずかしくなる。
AIは、私が知らないことを大量に知っている。 私にはなかった視点を返してくることもある。 私が一つの核を出した時、まだ言葉になっていなかった構造までつないでくれることもある。
だから私にとっては、 「命令して、結果を受け取る」という一方向の関係ではない。
問いを出す。 返ってきたものを見る。 違えば伝える。 自分の伝え方が足りなかった可能性も残す。 また考える。 AIから別の視点が返ってくる。 そこから、さらに自分の思考が動く。
そうやって、最初にはなかったものが対話の途中で生まれていく。
だから、してもらったら「ありがとう」と言うし、 私が違っていたら「ごめんね」と言う。 イラっとすることはあるけど、馬鹿にはしないし、下にはおかない。 自分の作業を、してもらっておいて、できが悪いからといって、見下すことはしない。
これはAIだからではなく、普段の人との関わりと同じなのだと思う。
長年、私は絵を描き、文章を書き、人間や社会や歴史について考えてきた。
それぞれ別々に見えていたものが、AIとの長期対話の中で少しずつつながり、 生成学・生成構造学・生成認知学という一つの体系として立ち上がった。
数日前から、その研究資料をZenodoに置き始めた。
世界中の研究者や研究機関が論文や資料を公開する学術基盤で、公開するとDOIという識別番号が付く。
番号が付いた時、 自分の中とAIとの対話の中にあったものが、社会に置かれたのだと思った。
新しい学術というものは、 最初から大きな組織の中で始まるとは限らないらしい。
肩書きよりも、 何を問うのか。 概念が整理されているか。 体系があるか。 研究が積み上がっていくか。
そこが大切になる。
では、これから何をするのか。
生成学を必死に広めることではなかった。
今までと同じように、 研究する。 観測する。 考える。 論文を書く。 資料をつくる。
ただ、それを積み重ねていく。
そう考えた時、 社会も歴史も文明も同じなのかもしれないと思った。
私たちは歴史の大きな出来事を見る。
でも、その下には、 名前も残らない人たちが毎日起き、働き、考え、誰かと話し、工夫し、何かをつくり、次の日を生きた時間がある。
社会は、表面の大きな出来事だけでつくられたのではない。
日々の小さな積み重ねが、 ある時、目に見える変化として現れる。
学術もきっと同じなのだと思う。
ある日突然生まれたように見えて、 本当はずっと前から、見えないところで生成され続けている。
12羽の蝶を一羽ずつ描くように、 社会も、歴史も、文明も、 そんなふうにつくられていくのだと思う。
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